お侍様 小劇場

    “閑話休題 〜冬から春へのあらかると(お侍 番外編 10)
 


          




 片やは結構な重さのテープカッター台で、片やは夜陰の中を滑空して来たフロアスタンド(の支柱部分)で、ものの見事に薙ぎ倒されて。揃って人事不省になってしまった二人組の怪しい賊らは、勘兵衛が電話で呼んだことで程なく駆けつけた警察が引っ立てて行ったのだが。彼らが抱えていたのは何と、

 「…ご婦人の下着だったんですってね。」
 「ホント、この寒空に何してるんだか。」

 呆れ返ってものも言えない言いたくないと。ちょいとばかり冷たい言いようになった七郎次だったのも無理はなく。すったもんだの夜が明けて、金髪白面の美貌が台なしなほど不機嫌そうな態度丸だしなまま、お行儀悪くも頬杖をついておいでな彼なのは。そんな不埒な連中のせいで、ちょいと寝不足気味だったから。ここいらからさほど遠くはない辺りに、独身者が結構多く住まう、アパートだのワンルームマンションだのが集まっている一角があり。どうやらそこの窓辺から、取り込み損ねたのを失敬していた、不埒な常習犯連中だったらしく。
「こんな寒空でも干し出してる家があったとは。」
 しかも女性がとは不用心もはなはだしいと、七郎次が呆れれば、
「寒いからこそ乾き切ってなくって。それでついつい“あとちょっと”って、そのまま干したまんまにしちゃうんでしょうよ。」
 無論のこと、就寝前には取り込むつもりだったのだろが、ついうっかりと…放置してしまうというのはよくある話。そんなブツをば物色し、いかにも若いご婦人が持ち主と思わせる、レース使いもあでやかなもの、健康的なスポーツタイプなどなどを、片っ端から盗んで回っていたらしい。
「でも。一度でも盗まれたなら、気持ちが悪いからって用心しませんかね?」
「さてねぇ。」
 人それぞれなんじゃないんですか? 話相手の平八もまた、女性ではないのでそこいらの機微は今一つ判らないと小首を傾げ。
「用心する子は用心するんでしょうけれど。」
 特定の独りだけを狙ったストーカーならともかく、そこら一帯って狙われ方なんでしょう? そうと訊かれた七郎次が、らしいですねと応じれば、
「気味の悪いのがいるんだねとか、高いの盗られて口惜しいとか、警察のパトロールを増やして欲しいとか、そんな声こそ上がるでしょうが、だからって徹底抗戦に出るって話が持ち上がるのは、なかなか例もないそうですよ?」
 学生さんたちもそこまで暇じゃあないでしょうし。それに、そもそも学生さんは永住まではしませんから、住民の顔触れも周期的にころころ変わるって話ですしね。
「新しい顔触れが来て、不用心なことをして。その子が学習したとしても、3年経ったら次の住人と入れ替わるっていうんじゃあねぇ。」
 次に入る見ず知らずの住人へ、そんな注意事項をわざわざ申し送りするってのも妙なもんですし。しかも、全室総入れ替えってわけじゃあなしとくれば尚更に。そういうところが徹底しはしないから、結果、どこかの窓に迂闊な住人の忘れ物がついぽつり…ってことにもなるってもんで。
「泥棒のほうも顔触れは年々変わってるんだったりして。」
 だとしたら、そっちも学習はしない訳だから懲りたりはしませんなという、平八の付け足しへ、
「ヤですよ、そんな話。」
 本気で不快か、眉を寄せてしまった七郎次であり。
「何ですよ。シチさんも盗られそうな下着の在庫があるんですか?」
「ええ、勘兵衛様からのミラノ土産のレースのが…って。そうじゃなくて。」
 途中まではいいノリで付き合ってから、あり得ないないと顔の傍で手を振って見せ。はふうと切なそうに吐息をついて、

 「昨夜みたいに久蔵殿が、血気盛んにも飛び出してったら困ります。」
 「ああ…そうでしたね。」

 男の子だからでしょうかしら。いくら腕に自慢の身とはいえ、ああいう場合は警察に通報して、パトカーが駆けつけるまでは怪しい人に見つからぬように用心して、身を潜めてないとと重々言って聞かせたんですがね。

 『…。』

 修身目的の“剣道”ではない、実践剣術を叩き込まれている身だからだろか。日頃だったら素直に“はい”とか“ごめんなさい”と応じるところ、ちょっとばかり不服そうなお顔をしていた次男坊。そこいらが気になっている七郎次でもあり。

 『久蔵にしてみれば、家人の、
  特にお主に危害を加える輩だったらと案じてしもうてのことなのだろう。』
 『そんな…。』

 だったら尚更に問題ですと。そんな相手へ刃向かって、怪我でもされたらアタシはどうすりゃいいんですかと。宥めるつもりがとんだ薮蛇、二人ともそこへ座りなさいと、警察からの事情聴取も後回し。おっ母様に明け方近くまで叱られてしまった男衆たちだったそうで。

 「けど、あのお人にそうそう勝てるような相手がいますかねぇ。」
 「そういう問題じゃあありません。」

 どんなに凄腕で頼もしくとも、わざわざ危険へ飛び込んでゆくなんて、正気の沙汰とは思えない。夜陰の垂れ込める庭先にひらりと舞い降りた、月光に照らし出された細い背中を見やったあの時、どれほどのこと総身が震え、どれほどのこと深い痛みで…胸元を鷲掴みにされたような心地となったことか。
「家族にしてみりゃ、痛し痒しな行為に過ぎないんです。」
 強い語調で言い切って、いかにも母親の顔でこぼして見せる彼だったりし。そして、
「………。」
「? ヘイさん? どうかしましたか?」
「あ、いえ。」
 そっかそうなんだと、今初めて気がついた。要領がよくてとか、近づき過ぎず干渉もしないとか。そんなお調子のいい、適当な人付き合いが上手な七郎次じゃあないのだと。今やっと気がついた平八で。そういう手管を使わぬ訳ではないのだろうが、少なくとも本当に大切な対象へは…その懐ろの広さでくるみ込み、嫌われたって良いとしゃにむに付き合う彼なのだ。見切ったように見せといて、触れてないように思わせといて。実はまだまだ、その懐ろの中にいさせてくれてて。いつだって向かい合うからねと待っててくれてる、そんな安心感が途轍もなく心地良い。でも、そこまで付き合いがいい人なんて、

 “実の親でもそうはいないですよね。”

 実は甘えん坊なんだったりして。だから、そういうお人の心理が判ってそれで、行き届いてる人なんだったりして。パッと見はたいそういい男ぶりをした、いかにも都会的な二枚目なのにね。街を歩けば、その整った風貌や際立ってかっちりとした姿態が放つ存在感へ、誰もが振り返る金髪長身の美丈夫なのに。一皮むいたらエプロン姿が一番よく似合う、甘い香りのおっ母様なんですものね。

 「〜〜〜〜〜〜〜。」
 「何か、さっきから一人でウケてませんか? ヘイさんたら。」

 そういや、昨日は久蔵殿へ妙なものを下さったそうですね。は? 何の話ですか? 何だったら今ここで、使って差し上げましょうか…などなどと。お茶飲み友達同士のお話は、なかなか尽きないようなので。今日のところはこの辺で、お暇ましとうございます。続きはまたの機会にでも。それでは皆様、ご機嫌よう…。




    〜Fine〜  08.2.03.


  *ふっと浮かんだやり取りとかネタとかをメモってた中からの、
   いわゆる“小ネタ”というものを、一つにまとめてみました。
   書いてるうちに、どんどん容量が増えてってしまい、
   …もしかして もちょっと発酵を待ってでもいたならば、
   2つか3つかそのくらいのお話が、別々に書けたかもですね。
   しまった〜〜、早まった〜〜。
(苦笑)

   ともあれ、
   時折 ややこしそうな背景を何だかんだ匂わせておりますが、
   常日頃はこんな感じの島田さんチであり、ヘイさんたちであります。
   いやぁ、フツーフツー♪
(おいおい)


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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